各工場生協/店舗
さいたま市の北に位置する岩槻区は、古くから人形の町として有名で、駅前には、たくさんの人形店が軒を揃えて並んでいます。また、工場は、浦和REDSのホーム「埼玉スタジアム2002」のすぐ近くにあり、試合当日は、多くのサポーターで賑わいます。観戦集客Jリーク№1チームですから試合終了時に遭遇すると、もう大変です。
交通の便は、大宮駅からから東武野田線で約15分の岩槻駅とJR武蔵野線東川口駅。そして、都心からの地下鉄南北線が延長された埼玉高速鉄道の終点美園駅が最寄駅となります。両駅からは、共に車で20分以内です。また、東北道の加倉ICからも約10分のところにあります。従業員は、岩槻駅から朝夕、社バスで送迎してもらえます。
花菱縫製㈱は、1935年(S10)12月卸商として竹内輿雄商店の始まりで、戦後1947年(S22)4月に第一繊維興業株式会社が設立されました。スピードオーダーの名称で、日本橋高島屋よりの販売が始まりです。1953年(s28)に2月、花菱縫製株式会社に社名変更され、現在に至っています。岩槻工場の創業は、1962年(S37)5月に巣鴨からの移転により開設されました。
岩槻工場は、紳士、婦人ともスーツ製造の入口(企画、裁断)と出口(仕上、検査、受納)の工程を担当しています。お店やネットからのお仕立て採寸表をもとに、コンピューターに入力し、生地の裁断をして、パーツごとに分担された生地が各工場へ送り込まれます。そして、仕上がった製品が戻ってきて、プレスをかけ、仕上工程の2次検査を経てからお客様に届けられます。正しくmade in Japanを実践しています。
花菱生協の本部店舗は、受付入口から右手の塔 奥1階にあります。休憩室フロア・喫煙コーナー・自動販売機コーナーもあります。












新前橋工場は、JR上越線/吾妻線・両毛線の交わる新前橋駅西口から1分のところにあります。
道沿いの大きな看板があるハナビシ新前橋店、その奥手に新前橋工場はあります。主に紳士・婦人の上着製造を担当しています。
群馬県前橋の地は、1966年(s41)4月に前橋工場/1969年天川工場が開設され、新前橋工場は、1979年(S54)8月に2工場統廃合されて移設されました。のちに天川、前橋も再会されましたが、区画整理事業より、その2つの工場は閉鎖されています。
関越道前橋ICより10分のところは、とても交通の便も良く、少し先の渋川、伊香保の温泉にも短時間で行く事ができます。
名物はたくさんありますが、焼き饅頭の味噌がなんともいえません。ソースかつ丼もあり豚肉料理は全般に楽しめます。
寒い日の赤城山から吹き降ろす「からっ風」は、堪えらきれません。












NHK大河ドラマ直江兼続のゆかりの地。関が原の合戦の敗退で、米沢移封に伴って、執政となった知将兼続は、米沢城下の整備にあたり城下町の基礎をつりました。また時代をおくらせて、家老となった上杉鷹山は、節約の家老つぃて、共に尊敬されています。
白鷹工場は、山形鉄道(第三セクター)赤湯から長井を経由して、終点荒砥間の約30kmのひとつ前「四季の郷」駅が、最寄駅となります。徒歩12分のところにあり、西置賜郡白鷹町は、自然の山々に囲まれた景観は、とても美しく、空気が澄んでいて、こころの安まるところです。
創業は、1976年(S51)9月の開設で、35年を向えました。生産する製品は、紳士パンツ・婦人スカート、パンツを主に、手がけていいます。季節になるとラ・フランスの産直がはじまり、秋の深まりを感じることができます。米沢牛、おそば、お米(どまんなか)はピカ一で、さくらんぼもご存知のとおりで、おいしい空気とともに自然の豊かさを感じることができます。












江刺工場は、東北新幹線水沢江刺駅から車で10分以内のところにあります。1992年(H4)8月に開設され、あと一年で20年を迎えようとしています。生産する製品は、ワイシャツ製造を行ないます。新デザインの開発とともに磨かれた技術で近年のクールビズを支えています。 世界遺産に登録された中尊寺には、東北本線の水沢駅から3つ上ったところにあり、近隣エイリア内は観光客で賑わっています。
工場開設の翌年に「えさし藤原の郷」が歴史公園として、12世紀にみちのく奥州を100年にわたり支配した藤原氏の偉業を顕彰して建設されました。時代考証に基づいた120棟余りの歴史建造物は、歴史好きにはたまりません。館内では、平安の雅「正式十二単・そくたい着着体験」や「平安時代食・秀衡の宴、義経の宴」も予約で体験でき、平安時代にタイムスリップできます。NHkの大河ドラマや多くの歴史ドラマのロケ地としても活用されています。
また、市内には、蔵町モールがあり「ガラス館、オルゴール館、箪笥館、駄菓子、煎餅、レストラン等」等の蔵のお店で、散策をしながらのお買い物は楽しさ増します。地区名「岩谷堂」界わいは、北上川の船運により、商人の町として古くから栄え、残された蔵を生かしたまちづくりをしています。
名産品は、たくさんありますが、代表的なのは江刺金札米(ひとめぼれ)とりんご、岩谷堂の洋館、岩谷堂箪笥があげられます。お祭りは、市民総参加の江刺甚句まつり、圧巻の江刺鹿踊、100年以上の伝統がある奇祭、伊出邨蘇民祭があります。四季折々のイベントがあります。
ご当地、奥州市商工観光部からの観光、物産、企業立地の積極的なPR発信は、わたしたちの職場でも一昨年PRキャラバン隊の活躍がひかりました。













震災数日前の平成23年2月20日をもって閉鎖しました。
昭和49年7月(1974)開設以来37年間、みなさまには大変お世話になりました。ありがとうございました。
この度の東北東日本大震災は、甚大な被害をもたらし多くのかげのない命が失われました。犠牲になられた方々に衷心より哀悼の意をささげるとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧、復興をお祈りいたします。跡地は被災当初から避難所、診療所、自衛隊駐屯地として利用されました。(診療所は移設)
工場は、大船渡三陸線を下り(国道45号線三陸役場方向に右折からほぼ1.5km付近に入口看板があります。左折して細いのぼり道を上がった中腹が三陸工場となります。
高台に位置することから、玄関前の景観は、いまでも美しい三陸リアス海岸が望めます。















